Chapter 01「選んだ自分」を、いつまでも責めつづけてしまう理由
「もしも、あの選択をしていなかったら」。
安楽死・延命のどちらを選んでも、選ばなかったほうの未来がずっと頭に残ります。これは、選んだ責任が自分にしかなかったことを、いまも引きずっているサインです。
多くの方は、当時の獣医師からも家族からも、「これがいちばんよい選択です」と言ってもらえないまま、決断を委ねられています。命の重さを、自分ひとりで背負った決断。あれは、本来ひとりで負うには大きすぎる選択でした。
だから、何ヶ月経っても答えが出ないのは、当然のことです。あなたが弱いからでも、決断を間違えたからでもありません。そもそも「正解」が用意されていない選択を、それでもやり遂げた。その重さを、いまもひとりで抱えていらっしゃるのです。
Chapter 02安楽死を選んだ方が、よく抱える「もしも」5つ
安楽死を選ばれた方からよくお聞きする「もしも」を、整理してみます。あなたの抱えている問いに、近いものはあるでしょうか。
- もしも、もう一日待っていれば、自然に旅立たせてあげられたのではないか。
- もしも、本人はまだ生きたかったのではないか。
- もしも、最期の注射の瞬間、痛みや恐怖を感じていたのではないか。
- もしも、自分が「楽になりたい」気持ちで早めてしまったのではないか。
- もしも——あの子は、自分のことを恨んでいるのではないか。
ここに挙げた問いは、すべて「自分が早く終わらせてしまった」という前提で組み立てられています。けれど、その前提が本当かどうかは、いまのあなたには検証できません。検証できない問いを、自分で何度も繰り返してしまっている状態です。
Chapter 03延命を選んだ方が、よく抱える「もしも」5つ
一方で、延命を選ばれた方からは、こちらの「もしも」が出てきます。安楽死を選ばれた方とは、悩みのかたちが対照的です。
- もしも、あの管をつけずに、自然に逝かせてあげていれば。
- もしも、最後の数日、苦しい時間を引き延ばしてしまっていたとしたら。
- もしも、あの子は「もう終わらせて」と思っていたのではないか。
- もしも、自分が「離れたくない」気持ちで延命を選んでしまったのではないか。
- もしも——あの最期の数日、ずっと痛かったのではないか。
安楽死を選んだ方の「早すぎたのではないか」と、延命を選んだ方の「長引かせすぎたのではないか」は、結局、同じ場所にたどり着く問いです。どちらを選んでも、選ばなかった側の景色が頭に残ってしまう。それくらい、この決断には正解の置き場所がないのです。
安楽死・延命のどちらをお選びになっても、お話を伺っていると「最後まで一緒に考えてくださった」ことのほうが、動物の側からは強く伝わってきます。決断の正しさよりも、迷ってくれたという事実のほうが、向こうにとっては大きかったように感じます。 あるアニマルコミュニケーターの先生から伺った言葉
Chapter 04獣医療の現場で語られている、動物側の感じ方
終末期の獣医療やホスピスケアの現場では、ここ十数年、「動物の側から見た最期」についての知見が少しずつ蓄積されています。完全に解明されたわけではないものの、複数の獣医師が共通して語っていることがあります。
ひとつは、苦痛のピークが「人間が想像するよりも短い」こと。終末期の動物は、痛みを感じ続けるというより、意識のスイッチが内側に向かい、外の刺激を受け取る回路がゆっくり閉じていく状態に近い、と語られます。
もうひとつは、安楽死の注射そのものについて。多くの場合、動物は注射の前後で「これから何が起きるか」を理解していないと言われます。鎮静剤が先に入る方法であれば、最期の数分は、家族の手の温度を感じながらまどろむような時間に近いと、現場の先生方は表現されます。
「決めたのは自分」ではなく、「一緒に決めた」可能性
あなたは「自分ひとりで決めた」と感じていらっしゃるかもしれません。けれど、本当のところは、あの子の体調や反応を見ながら、お互いに少しずつ調整していった結果のはずです。
最後の数時間、あの子があなたの手のほうを向いていたなら、それは「もう大丈夫」のサインだったのかもしれません。「決めた/決められた」よりも、「一緒に向き合った」のほうが、実際の景色に近いはずです。
Chapter 05あの子に「答え合わせ」を聞いてみる、3つの方法
頭で「考えても答えは出ない」と分かっていても、心は別です。あの選択でよかったかどうかを、本人の口から聞きたい。そう感じる方は、決して少数派ではありません。
-
当時の記録を、もう一度、時系列で並べ直す
診療記録、メモ、写真、動画。手元にあるものを時系列に並べ直すと、決断までの自分が「どれだけ迷い、どれだけ手を尽くしたか」が、客観的に見えてきます。後悔の中で見落としていた事実が、必ず一つは出てきます。決断を下したのは、無責任な自分ではなかったことの証拠です。
-
アニマルコミュニケーターに、最期の気持ちを翻訳してもらう
動物の感じていたことを、言葉に置き換えて伝えてくれる役割の方々です。最期の数時間に何を感じていたか、その選択をどう受け取っていたか——あなたの視点ではなく、あの子の視点で確かめていく時間になります。「答えを断定する」というより、「あの子の側から見た景色を、一緒に確かめる」ような対話です。
-
霊視・霊媒の先生に、いまのあの子の様子を聞く
こちらは、亡くなった後のあの子の状態にフォーカスする方法です。あの選択について、いまどう感じているのか、苦しんでいないか、恨んでいないか——といったテーマを得意とされる先生に委ねます。「絶対に通じます」と言い切る形ではなく、いまのあの子の様子を伝え聞く、というイメージで利用される方が多い印象です。
この3つは、対立するものではありません。1つめで自分の中を整えてから、2つめ・3つめへ進む方が、得られる安心感も深くなります。
「あの選択について聞いてみたい」とお考えの方へ
Chapter 06最初に話してみるなら、こんな先生
安楽死・延命の決断は、占い師との相性が、何よりも出やすい領域です。最初の数分で「この人なら、自分を否定せずに聞いてくれる」と感じられるかどうかが、その後の鑑定の深さを左右します。
逆に、この場面で「あの子は早く逝かされて悲しんでいます」のように、断定で揺さぶってくる先生は、絶対に向きません。脆くなっている時に強い言葉を浴びると、決断したご自身の判断軸まで揺らいでしまうからです。
「あのこのこえ」では、安楽死・延命のような重い決断の話を、断定せずに受け止めてくださる先生に絞って、ご紹介しています。看取り場面のご相談ページでは、3名の先生の特徴と、最初に話す時の流れをご案内しています。